「子どもはのびのび育てたい」。多くの親御さんがそう思う一方で、「のびのびって、要するに何もしないこと?」「放任と何が違うの?」と、いざ考えると輪郭のあいまいな言葉でもあります。今回は、調査データを手がかりに、「のびのび」の中身を少し具体的にしてみたいと思います。
「のびのび」と「放任」は違う、という整理から
まず言葉の整理から始めます。「のびのび育てる」を「何も与えず、何も求めないこと」と捉えると、それは放任に近くなります。一方、「子どもが自分で選び、夢中になれる時間と環境を保障すること」と捉えると、親の役割はむしろ積極的です。遊ぶ相手、遊ぶ場所、遊ぶ時間——これらは、いまの時代、黙っていても手に入るものではなくなりつつあるからです。
データが示す、体験の豊かさと自己肯定感のつながり
国立青少年教育振興機構が続けている「青少年の体験活動等に関する意識調査」では、興味深い傾向が繰り返し報告されています。自然体験や生活体験が豊富な子どもほど、自己肯定感が高く、自律的な行動習慣が身についている傾向がある——しかもこの傾向は、家庭の社会経済的な背景によらず見られる、というのです。
相関関係であって、「自然体験をさせれば必ず自己肯定感が上がる」という因果の証明ではない点には注意が必要です。それでも、川で遊ぶ、山を歩く、虫を捕まえる、料理を手伝う——そうした体験の積み重ねが子どもの育ちと結びついていることを示すデータとして、参考になる調査だと思います。
体を動かすことについては、文部科学省の「幼児期運動指針」も、幼児は毎日合計60分以上、楽しく体を動かすことが望ましいとしています。「楽しく」がポイントで、これはトレーニングではなく遊びの話です。
そして、ここ秩父は——あらためて言うまでもなく——山も川も森も揃った、自然体験の宝庫です。少し足を延ばせば本物の自然に届くこの環境は、子育てにおいては十分に「地の利」といえるのではないでしょうか。
「余白を残す」か「機会を用意する」か——二つの考え方
一方には、「予定を入れず、余白を残す」考え方があります
習い事や予定で埋めず、退屈する時間も含めて子どもに委ねるやり方です。退屈の中から子どもは自分で遊びを発明する、暇な時間こそ創造性の母だ、という見方は昔から根強くあります。
他方には、「機会を意図的に用意する」考え方があります
放っておいて自然に多様な体験が生まれるとは限らない今、キャンプや教室、地域の行事といった「体験の入り口」を親が用意するやり方です。先ほどの調査が示すように、体験の機会は子どもの育ちと結びついている——なら、その機会は意識して作ろう、という立場です。
正反対に見える二つですが、共通点があります。どちらも「子どもが自分で選んで、夢中になる時間」を大事にしていることです。余白の中で夢中になるか、用意された入り口から夢中になるか。入り口が違うだけで、目指す景色は同じなのかもしれません。だとすれば、「余白も残しつつ、入り口もいくつか見せる」という間のとり方も、十分ありそうです。
ご家庭で考えるヒント
- 1週間の予定表を眺めてみる——子どもが「自分で選べる時間」はどのくらいあるでしょうか。多すぎても少なすぎても、見直しのサインかもしれません。
- 夢中になっているときは、口を出さない——せっかくの集中を「すごいね!」で中断してしまうことも。見守るのも立派な関わりという考え方があります。
- 体験の入り口は「本人が選ぶ」形で——いくつか見せて選ばせると、「やらされごと」が「自分ごと」に変わりやすいようです。
まとめ——正解は、お子さんの中にあります
「のびのび育てる」とは、何もしないことではなく、子どもが夢中になれる時間と入り口を保障すること——そんなふうに考えると、親にできることが少し具体的になります。自然の中の体験も、ものづくりの体験も、入り口は多いほど選べます。ロボットやプログラミングという入り口が、わが子に合うかどうか。それは、実際に夢中になっている(あるいは、ならない)姿を見るのが一番です。
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参考・出典
※本記事は公開時点の公的資料・調査等をもとに作成しています。調査結果は傾向を示すものであり、個々のお子さんに当てはまるとは限りません。


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